toppageINDEXpaper喜の字の物語秋彼岸 お彼岸 彼岸 ひがん 九月 9月 十月 10月 秋 初秋 季節 喜屋 きや 和菓子

喜の字のものがたり

『喜屋』という当店の屋号、一風変わっているせいか、命名にはなにか特別な由来でもあったのかとたびたびお客様から尋ねられます。わたし(現店主)の父(創業者)が自ら名付けたものですが、わたしが子供のころに同じ問いかけをしてもいつもハッキリとした答えが返ってこず、ながいあいだ杳として不明のままでいました。
あるとき昔語りのなかでようやく聞かされたものですが、やはり案の定、父のことですからそれほど深い理由などはなく、単純なよその繁盛店への憧れがきっかけだったようです。
父は大正、埼玉の生まれ。昭和のはじめに神田梅花堂(中村家)菓子店に小僧奉公に出て、のち大森大黒屋(池田家)に修行したあと東横線目黒区祐天寺駅前に喜屋菓子店を開業しました。
父が大森大黒屋さんで奉公修行しながら独立開店の準備をしていた昭和10年ころ、店の屋号についてどうしようか思案していた。川の向こう岸川崎に中国人が経営する中華菓子店で大そう繁盛している店があった。売り子がみな詰襟筒袖の中国服をまとって販売していていつも客の行列があったという。名を「喜屋」といった。そのころはまだ菓子店のなかに和菓子や洋菓子中国菓子といった住み分けははっきりとはなかったと思われる。父は同業者のその繁盛ぶりに憧れてただ単純に名前をいただいてしまったのだ。12歳の小僧奉公を振出しに、独立開業することに夢中だった21歳の青年の熱い志しとすればかわいいものであった。ただし父の父、つまり祖父の名が「喜右衛門」であったことも決定の後押しになったかもしれない。
「喜屋」という屋号は都内にもほかに何軒かある。検索サイトで捜してみてもけっこう多い。日本語的な感覚から言ってあまり自然ではない語感のような気がするが・・・。
上述の中華菓子店「喜屋」はどういう訳で名づけられたかは知らないが、『喜』という文字は『福』や『祥』などとともに中国人が好む文字のひとつらしい。


喜屋の喜の字はご馳走の意

『喜』という文字についていくつかの漢字辞典を見比べてみました。まとめてみると、
《よろこぶ》を筆頭に《たのしむ》《このむ》《うれしい》など人のよろこばしい感情を意味していますが、はじめの使われ方は人間自身よりも「神を喜ばせる」という文字だったようです。字源をさかのぼれば「喜」の字は会意文字(別の意味をもつ文字が合体した文字)で、上部の(こ)の部分は楽器をあらわし「鼓」に通じる。また下部の「」は人々が歌う、祝詞祈祷を捧げるの意で、「喜」とはもとは鼓楽して神をよろこばせる神楽(かぐら)の意味の文字であったらしい。のちになって人の喜笑を表すものになったといいます。
もうひとつ別に、の部分は食台に盛り上げた神や上帝へのたくさんの捧げ物をあらわしはこれを食する訳で、(しき)という文字に通じる。すなわち供え物、神饌をもあらわします。
「喜」は中国の元代宋代に俗字としてを生みこれが酒食やご馳走を指します。どこかで馴染みがある気がする文字ですがふたつ並べてみるととなります。よくラーメンのどんぶりの縁の図案や中華料理店のディスプレィにこのを二つ重ねたがうかがえます。これはおそらくを強めて美酒美食を表現していると思われるのですが、ただしの文字、残念ながらいくら辞書をひいても見つかりません。汎用文字として成立する以前に飲食店が占有してマーク化してしまったのかもしれません。
ともあれ『喜』の文字が「おいしい」をも意味すると解釈すれば当店にとっては喜ばしく、先代に感謝したい気持です。

《参照》
『字通』平凡社
『字統』平凡社
『漢字典』旺文社
『大漢和辞典』大修館書店







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