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七夕について

古来、七月七日は奇数が重なるおめでたい日(瑞祥月日)とされてきて、暦の上で五節供の一つにかぞえられます。

またこの時季、天体ではオリヒメボシとヒコボシが近づくことから、織姫と牽牛が天の川のほとりでこの日1年に1度のデートをするというロマンティックな星伝説が、中国から帰った留学僧によって伝えられました。聖武天皇の時代といいますからおよそ1200年も昔の事です。
それらが重なって宮中では七夕祭として重要な行事のひとつになりました。これを習って広まってきたのが現代にまで続く七夕の始まりと思われます。

七夕祭は乞巧奠(きこうでん)ともいい、供え物をして
巧み乞う、すなわち織姫にならってはた織りや裁縫が上達することを願うなど、学業手習いの祈願祭でもありました。五色の糸を笹竹に掛けたり、短冊に歌を書いて掛けたり、習字の筆を下げたりするのはその意味です。また学童たちが思い思いの願い事を書いて吊るす風習もここからきています。そのほか繭玉や吹き流し、いろ紙を網のかたちに切り抜いて掛けたりして笹竹を飾り付けます。供え物には季節の野菜類が多かったようです。

江戸時代にはおもに商家で盛んに行われ、大店が並ぶ表通りには大福帖や模型の小判から千両箱まで吊るした笹竹が街路に林立して商売繁盛祈願を競い合ったということです。今に、仙台七夕が有名ですが、商店街がよくこの催しを中元セールとともにやっているのはその流れです。

祭りが終わると笹を川に流してほうむります(七夕流し)が、今日ではそんな乱暴な事はもちろん出来ず、後の始末に困るからでしょうか、今ではわずかに幼稚園や小学校で催す程度になってしまいました。
ぎこちない俳句や願い事を短冊に書いた幼い思い出があるこの祭り、夜空が身近かに感じられる今の季節には、やはり無くしたくないステキな星祭りの風習だと思いますが・・・

七月七日の東京の晴天率はわずか20%。今年こそは梅雨雲に邪魔されずに笹の葉のさやぐ合間からこのカップルを眺め、星に祈りを捧げることができるでしょうか。



夏が近づくにつれて、天の川は東の空から現われ、夜々に天頂に向かって昇ってきます。
川沿いで待つのが織女星、織女星とはこと座をかたち作る主星べガ(距離25光年)。
やがて川の対岸から遅れて現れます牽牛星はわし座の一等星のアルタイル(17光年)です。
二星は天の川を隔てたまま昇り、やがて旧暦の七夕のころ八月には中天に達します。
このころが夏の星座のハイライトです。南にさそり座、射手座、天秤座を配し、北に小熊座、カシオペアなどを並べます。
二人は川を渡って寄り添うことができず、不憫に思ったいにしえ人はその少し北に天の川の中に浸っている巨星を利用して想像の橋を架けます。かささぎの橋と呼ぶ白鳥座の一等星デネブです。
このベガ、アルタイル、デネブの三星で壮大な、いわゆる[夏の大三角形]を形成します。



七夕に因んだお菓子というのはありませんが、夏菓子が顔を揃えましてお待ち申し上げております。
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