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お彼岸ノート

春分の日、秋分の日は太陽が黄径0度あるいは180度に達し、天の赤道と黄道が交わる日で、昼がいちばん短い冬至といちばん長い夏至の中間、昼の時間と夜の時間が同じ日とされます(時正といわれます)。
日本ではこの日に仏教的な意味合いを持たせて彼岸の中日として、明治以来は祝日にしていますが、外国の文化には春分秋分をわざわざ祝日としているところが見られません。しかしヨーロッパの概念ではこの春分が一年のはじまり春の始まりで、秋分が秋の始まりとされます。カソリック教の復活祭は春分から起算して行事日が確定されます(春分の日のあとの満月の日の直後の日曜日)。

ようやく冬の寒さや夏の暑さから開放されて体調が整い、動物植物ともに生命が躍動するシーズンになってきます。国民の祝日としての「春分の日」とは「自然をたたえ、生物を慈しむ日」、一方「秋分の日」とは「祖先を敬い亡くなった人をしのぶ日」とされています。(昭和23年)





お彼岸の起こりは、唐の時代に浄土宗の高祖と仰がれた善導大師が、太陽が真東から昇って真西に沈む日に、極楽浄土に想いをこらして念仏を唱えよと教えられたことに従っています。浄土宗の日想観と念仏によって極楽浄土を願う教義とが合いまっています。

「彼岸」の言葉は梵語のパーラミータ(波羅蜜多はらみった)を漢訳した言葉で「至彼岸・度彼岸」と表します。迷い多いこちら側の世界の"此の岸"から涅槃の理想界の"彼の岸"に渡るという意味です。阿弥陀仏の極楽浄土(彼岸)は人間界からはるか西方十万億土をへだてた先にあるとされ、西方とは釈尊の聖地天竺インドを概念しています。≪古くには須弥山(しゅみせん)の世界観があり、阿弥陀仏の極楽浄土は人間界を含む須弥山の西方十万億土にあるとされましたが≫。人は死後も仏道精進を繰り返してこの西方への長い旅を続けるもので、昼夜半々の日、すなわち陰陽二反の日に太陽が真西を指すように人々は仏事を勤め善根を修めて、祖先の供養をする日とされています。

『日本後記』に、延暦25年(806)3月17日に、諸国の国分寺僧に春秋の日に金剛般若経を唱えるように布令したと記載があるそうですが、平安時代の初期には朝廷で彼岸会として春分秋分に念仏を唱えており、彼岸の仏教習慣は日本固有のもの。京では民衆が叡山の麓に集まり高僧の説教を聴聞したとあります。さらに宮廷内行事(のちの皇霊祭)としてあたためられてきたものが、江戸期に儒教的価値観とつながって祖先をあがめ墓参りをする期間として武家や庶民のあいだにも広く定着してきたように考えます。彼岸の期間については歴史上何度かの変遷がありました。同じ7日間でも春分秋分の翌日からはじまったり、逆に早かったり。今の期間に落ち着いたのは江戸後期から。

浄土宗に限らずどの宗派でも等しく行われます。春分秋分の日の前後七日間を彼岸会として家の仏壇を飾り付け、墓参りをしたり家に僧侶を招いて読経してもらったり、あるいは近々に亡くなった人の家を尋ねて供養をしたりします。自ら仏道を精進する、はいつしか死者や祖先を慰める、に変わってしまいましたが、お彼岸の一週間は仏教行事であっても忌み事ではありません。祝儀ごとをこの期間を避けたりしますが、盆と同じように明るく楽しく季節を享受して過ごしたいものです。中国でもこの時期のすぐあとの清明節には家族総出で墓参りを兼ねたピクニック(山遊び川遊び)の風習があるようです。





毎年のカレンダーを作るのに不確定の要素がふたつあります。春分の日と秋分の日です。春分の日の指定は、太陽が天球上の赤道をよぎって南半球から北半球に入る時刻(瞬間)を含む日付をいいます。概ね3月21日ときおり20日、19日22日という可能性もあります。今わたしたちが使っている西洋暦はキリスト教暦(Christian Era)で、天行との一致に最も近い暦法ですが、その制定の目的のひとつにはキリスト教徒にとって大切な復活祭の日取りを決める基点となる春分の日を3月21日に合せることにありました。しかし天はもっと複雑でそのヒット率は75%、3年間は21日、4年目の閏年には20日と推移します。しかしそれでも約45分づつずれていきますので法則化が出来ません。春分の日と秋分の日の正式な確定は東京天文台の計測によって前年の2月1日に官報によって公表されます。




復活祭の日取り
春分の日は世界中同じ日ではありません。「日本では」と申しましたが、前記のように太陽が南半球から北半球に入る瞬間は世界中同じ日付内ではありません。世界には常にふたつの日付が存在します。
復活祭(イースター)はイエスが13日の金曜日に十字架刑にされて、15日(ユダヤ陰暦=満月日)に甦ったことを祝して行われます。これが「世界の始まり」であるため、お祭りはなるべくその日の環境を再現しなければなりません。季節は新年(春分)、満月、日曜日の3要素が必要で、毎年の復活祭の日取りの決定は、春分(3月21日)の次の満月のあとの日曜日とされます。
世界同時に復活祭を挙行することを求めるキリスト教の教会暦では天文と関係なくその地域の3月21日を「春分」と固定します。そうすれば「次の満月のあとの日曜日」の指定が場所によってたがえることがなく、時差はあるもののほぼ同時に行えるのです。

余談ですが、イエスが日曜日に復活して世界が始まったので、今でもカレンダーの週は日曜日から始まります。土曜日はユダヤ教でサバトと言って週の終わりの安息日です。



春分秋分は昼夜半々ということになっていますが、もうすこし昼が長く感じられます。計測では日出日没は太陽の上縁が現れるまたは隠れる時刻をいいますが、初日の出を拝んだときの経験からいっても日の出前にはもう充分に周囲は明るく、日没時にも同じことがいえます。大気に対する光の屈折などの条件でこうなると言われますが、実感として半々に思えるのは春では4日前ころだそうです。




ごあいさつに
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