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節分 2月3日

「節」とは季節の「節」で、節分とは季節の変わり目を指す日ですから、正しくは年に4回あって、立春・立夏・立秋・立冬の前日をいいます。しかし一般的には立春を正月とする考え方からして年の変わり目である立春の前日だけを指します。

各季節の終わりの、立春・立夏・立秋・立冬の前の18日間を土用といいますが、気候変調で自然界も人間の体調も不安定な時期とされます。ことに冬の季節の影響力が弱まるこの期間には鬼門が開くといわれ、鬼が出没してきて人間界にいたずらをする、と考えられてきました。これを封じるために豆まきをして悪鬼や疫病を外に追い払い福を内に招く、あるいはいわしの頭をひいらぎの枝に刺したものを門戸に立てて邪気の侵入を防ぐ、という習しです。





こうした発想は中国古来の五行説からのもので、こよみの伝来といっしょに奈良時代には日本に入ってきました。五行説の世界観はその後の日本文化の形成に多大な影響を及ぼし、仏教や神道とも深く融合してきましたので、節分行事は仏教寺院でも神社でも等しく行われます。旧年の古い気をほふって新春の新しい気を呼び込もうとする、除夜の鐘と同じ意味の大晦日行事といえます。

寺社での節分祭は、境内にしつらえられたやぐらの上から、その年の年男が主役となって「鬼はそと」「福はうち」と唱えて豆を空中にまきます。年男とは(立春を境いとした)翌年の干支(えと)の生まれの男性と限っていましたが、最近では拡大解釈されて人寄せのための芸能人やスポーツ選手なども含めて年齢や性別に関係なく「豆をまく人」をすなわち「年男」と呼ぶようになってきています。まかれた豆を拾うことも儀式には重要なファクターであり、餅や菓子や手拭い小銭のおひねりまでもまかれます。それらをやぐらの下で拾うことは来年の福を呼び込むことになるので大賑わいとなります。

最近では豆の後片付けが面倒なことや核家族化少子化のことなどで一般家庭ではあまりやらなくなりました。家の主人から順に一升マスに入れられた豆をまきますが、屋内では天井や壁に投げつけて鬼をおどして追い出すために出来るだけ大声で「福は内」と唱えます。外に向かっては玄関や窓を開けて「鬼は外」と叫びます。子供心に、父親の大マジメにやってる姿や、そとの通行人を意識して気恥ずかしい思いがいっぱいだったことを思い出します。座敷に落ちた豆を拾って年の数だけ食べるとよいといわれましたが、たいていは物足りなくって結局老人の年の数ほど食べてしまったというのは私だけではないでしょう。

豆まきの煎った大豆は堅いものを意味し、いわしの頭は悪臭、ひいらぎの枝葉はとげをあらわしています。大声や鐘の音とともにいずれも鬼が嫌うものとか。煎り豆を使うのは、生豆を使って拾い忘れたものから芽が出るとよくないことが起こる、と言われるからです。

節分行事は古名ではついな(追儺)、な(儺)やらい、鬼やらいなどといって、「な」とは鬼のこと。
大晦日の除夜の鐘や、中国での春節(旧正月)の年越しに盛大に爆竹を鳴らすのも同じく悪魔を追い払う意味です。年の境い目に古く冷たい気を追いやり新しい季節の再生を促すためと考えられています。
もとは古代中国からの「儺(な)」と称する厄気祓いの行事が、日本に入って宮廷の越年行事として迎えられました。朝廷の追儺は陰陽師の祭祀によって行われ、殿上人たちが桃の弓と葦の矢でもって宮中を脅し回って邪気を追い払うのです。 古い寺の修正会や修二会の行事にその名残りがあります。やがてこの邪気に「鬼」という想像上の生き物が創作され、日本では「豆まき」として成長してきたようです。



さて、なぜ年の瀬には鬼が現われるといわれるのか。
下の表をご覧ください。五行説では季節をこのように色分けしてそれぞれに方角と司るものを配しています。

春(1.2.3月) 青龍
夏(4.5.6月) 朱雀
土用 中央 I
秋(7.8.9月) 西 白虎
冬(10.11.12月) 玄武


旧暦として考えて下さい。単純には1ヶ月ずらして・・・
12月(冬)は北で、1月(春)は東です。年末は北と東のはざ間で東北となります。
また別に、各月には十二支が配されていて、一陽来復の冬至のある月から数え始めて(旧暦)11月は子、12月は丑、1月は寅、2月は卯、3月は辰、4月は未、5月は午・・・。
12月は丑、1月は寅ですのでそのはざ間丑寅の方角(東北)はすなわち鬼門をさしています。
謎解きみたいですが、こんなことを昔の人は真剣に考え、真剣に心配したのです。「イワシの頭も信心」などといわれますが。
また、鬼は丑寅の方位に住んでいるので牛のツノと虎皮のパンツ。青鬼と赤鬼が有名ですが上の表の配色からして黄鬼、白鬼、黒鬼もいるはずです。



立春は、太陽の計測によって黄経が315度に達した時刻を含む日付を指しますので、毎年カレンダーの決まった日ではありません。おおむね2月4日ですが、2月3日の年も2月5日の年も可能性があります。節分の日も不確定なので次の年の節分行事の企画をする場合にちょっと困ります。しかし1985年から安定していて計算によって将来2020年までは2月4日立春で推移するようですので、ここしばらくは節分は2月3日に落ち着くということです。

ことしもやるぞ 赤羽 宝幢院の豆まきみんなあつまれ! 詳しくは




参考
http://www.hinamatsuri-kodomonohi.com/5HUKINAGASI.html
http://www.shitsurai.com/m04/05/menu/t_main.html
http://www.ffortune.net/calen/setubun/tuina.htm
http://www.ffortune.net/calen/setubun/hidori.htm